ビジネスその他

サラリーマンをディスることに対して思っていること

ここ最近、Twitterで、サラリーマンをディスるインフルエンサーに対して、サラリーマンを無闇にディスるなというニュアンスのコメントをよく見かけます。

これに対しては、様々な反響があるようでしたが、私も思うところがあったので、私の意見をここに表明しておきたいと思います。

私は、例えその人がどのような立場にあっても、サラリーマンを安易にディスるべきではないと考えています。

f:id:n_spirit:20181223014905p:plain

サラリーマンの存在をリスペクトすべき

現時点でサラリーマンを根絶させることは不可能です。

「いつまでサラリーマンをやっているの?」とディスるような方々もご理解されているとは思いますが、明日から世の中のサラリーマンが全員仕事を止めた瞬間に、みなさんが生活に困るようになります。

まず、電車やバスなどの公共交通機関が動かくなります。銀行業務や役所などの仕事も止まります。通販や旅行予約などのバックオフィス業務も止まります。生産活動も止まるので、世の中に製品が供給されなくなります。こうしたことを決められた時間に決められた手順どおりやってくれているのが、サラリーマンの人たちなのです。

仮に起業したとしたら、その人はサラリーマンではなくなるでしょう。しかし、事業を拡大するために人を雇ったときに、その雇われた人達は、やはりサラリーマンです。サラリーマンを否定するこということは、事業拡大のために人を雇用するという行為を否定していることになります。

将来的には、ルーチン業務の運用はロボットなど他の手段に置き換わるでしょうし、私が以前の記事でも書いたように、フリーランス的に様々な会社の様々な仕事にプロジェクト単位で参画することも増えていくでしょう。

参考記事

理想の組織とは オープンでフラットなプロジェクト主体の組織組織構造に関する記事で、一般的な組織形態とその問題点、特に階層の深いヒエラルキー型の組織で問題を生じやすいということを書きました。 ...

このように長い時間軸で見れば、サラリーマンの数は減っていくと思いますが、だからといって、現時点で不要なわけでないのです。私は社会の中で重要な役割を担っているサラリーマンをいたずらにディスるのではなく、彼らの現時点での存在意義や役割についてはリスペクトするべきだと思っています。

世のために奮闘するサラリーマンはたくさんいる

サラリーマンと一概にいっても、その中身は様々です。

どこかの会社のプロジェクトに関与している方、公務員の方の仕事は、基本的に世の中をよりよくするための仕事であり、その中で情熱を燃やして働いている人は多いです。大企業の中で、大企業病に負けずに奮闘している人もいます。

傍目から見て、給与水準ほど大きな付加価値を生んでいないサラリーマンの方もいるかもしれませんが、全てのサラリーマンを一括りにして語ることはできないくらい中身は多種多様なのです。

サラリーマンは安住するマインドをもってはダメ

今度はサラリーマン側から考えてみます。

サラリーマンの方たちが、今仕事を必要とされているからといって、将来に渡ってずっとその地位に安住してよいかというと、それはまた別問題です。

私が考えるサラリーマンの一番のリスクは、その会社でしか通用しない人材になってしまうことです。特に大企業でよくありがちなのが、顧客や市場からの距離が遠くなってしまって、気が付いたら内向きの業務や政治的な根回しのスキルばかり身についていて、他の社会では役に立ちにくいものだったというものです。

そうした業務が全く無駄なわけではないですし、根回しのスキルというのも場面によっては大事なのですが、仕事がそこに偏ってしまうと、気が付いたら市場での価値がほとんどなかったという事態に陥ります。

以前の記事でも書いたように、サラリーマンは積極的に転職市場に売りに出して、自分の市場価値を確かめるべきですし、市場価値を高めることが、将来的なプロジェクトベースの仕事の仕方が増えてきたときに役に立つことになります。

働き方に関連する記事

【社会人5~10年目必見】大企業は安泰ではない 会社にいるうちにスキルを磨いておけ 大企業に就職されて働いている方は、危機感を持っていないかもしれないですが、大企業はもはや絶対安泰と言えるようなものではなくなって...
「20代のスキルで一生食える時代は終わった」 「40歳定年制」を読み終えて私は、このブログで、特に大企業にいる30代、40代の人は自分の今後のキャリアを真剣に考えるべきであると主張していますが、まさにその主張に...

サラリーマンは辞める選択肢を常に考えておくべき

もうひとつサラリーマン側の視点に立って考えます。

上に書いたような安住してはダメということに近い話ですが、辞めるという選択肢は常に考えておくべきです。

今、人生100年時代と言われていますが、医療の発展に伴って、今後ますます寿命が延びていくのは間違いないでしょう。一昔前の60歳というのは、おじいちゃんでしたが、最近の60歳というのは、まだまだ体の動く若い世代だと見なされています。

そうなると、少なくとも70歳や80歳まで元気で働くことも増えていくでしょうし、年金制度という面から考えても、そうせざるを得ないというケースが格段に増えるでしょう。

そのときに、その人たちはずっとサラリーマンでいるのか?というと、そうではないケースも多いはずです。70歳、80歳に至るまでの、どこかでキャリアチェンジをするでしょうし、少なくともずっと同じ仕事を続けていますということは、ほぼないでしょう。

だから私は、今サラリーマンでいる人たちは、いつサラリーマンを辞めることになってもよいという心構えを持っておくべきだと思っています。

ディスるのではなく、建設的な提案をすべき

冒頭に書いたように、サラリーマンがいないと社会が成立しないという点ではリスペクトするべきで、彼らをひとくくりにして無闇にディスるのは反対です。

リスクをとって何かをしている人ほど、サラリーマンという地位で安定している人には大きな違和感をもつのも理解はできます。

私自身も、サラリーマンからアーリーステージのベンチャーに移った立場として、3、4で書いたように、サラリーマンに安住している人たちが、本当にこのままでよいのかと考えることはよくあります。(ましてや、それがよく知る友人や後輩だったりするとなおさらです)

しかし、それをディスるような表現で否定してみたところで、何もよくなることはなく、感情的な対立を煽るだけです。もしかすると、そのディスりをサラリーマンがもつ安定感に対する妬みと捉えられるだけかもしれません。

もし、サラリーマンの人たちに対して、「サラリーマンを辞めると、こんな面白いことが起こるよ」ということを訴えたいのであれば、そうしたサラリーマン達に、そうなっている現状をディスるという形で示すのではなく、そうできるプロセスを自身の体験談から建設的に示してあげるほうが気持ちが、お互い気持ちがよいものでしょう。

まとめ

私は、個人がどのような思想を持っても自由だと思いますし、それを発信するのも、基本的には自由だと思っています。

しかし、いたずらに相手を非難して、ディスるようなことは、何のメリットもないですし、ディスるくらいであれば、どうやったらよりよくできるかを建設的に考えるようにしたいです。(最終的に世間で建設的な議論に持っていくための問題提起として、パフォーマンスとしてディスるのであれば、まだ賛同はできますが、その場合もそういう補足を加えた上で、議論に発展できる形にするべきでしょう)

また、人の立場というのは将来どうなるかわかりません。サラリーマンをディスっていた人が、10年後にサラリーマンの人から助けてもらわないといけないような状況になるかもしれないのです。

そう考えると、ディスることには、あまりメリットを感じないと思っています。

キャリアに関する記事

【30代、40代サラリーマン必見】大企業が直面する課題と今やるべき5つのこと私は、大企業に長年勤めてきて、かつ大企業に勤務する知人も多くいますが、大企業安泰の時代はとうの昔に終わったと感じています。 決して...
【社会人5~10年目必見】 大企業でもキャリアアップできるスキルの磨き方 先回の記事で、大企業勤務の若手(社会人5年目~10年目、年齢でいうと20代後半~30代前半)の人が自身の市場価値をどのように測る...