ファイナンス

配当政策・自社株買いが株価に与える影響

配当や自社株買いが株主価値にどのように影響するか?

この問に的確に答えられる人は少ないかと思います。

この記事では、企業の配当政策と自社株買いが、株主にどのような影響を与えるのかを「理論」と「実際」に分けてそれぞれ解説していきます。

配当政策の株価への影響

完全資本市場下では

企業の配当政策を完全資本市場で考えます。資本構成のページでも述べていますが、完全資本市場とは次のような状態です。

  • 資本コストがゼロ
  • 負債コストがゼロ
  • 情報取得コストがゼロ
  • 法人税などの税金がゼロ
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株主価値は将来のFCF(フリーキャッシュフロー)から負債を引いたものです。したがって、株主に支払われる配当金はもちろん株主のものですが、企業に内部留保された資金もまた株主のものであると言えます。しかし、実際の世界では資本構成と同じように税金や情報コスト、投資家の投資機会の不均一性などの影響で、配当政策は株主価値に変化をもたらします。

実際の市場下では

企業は獲得した利益を次のように配分することができます。

1.配当金として株主に還元する
2.内部留保して別の投資機会に使う

一般的には配当金として還元される場合、そこに税金がかかってくるので、2の方が株主にとってはよいと言えます。しかし、配当金を期待している個人投資家や短期に現金を獲得したい投資家にとっては、一概に配当金を出さない方がよいとも言えません。

また、もし株主価値を高める投資機会が少ないのであれば、機関投資家であっても配当金として株主に還元することを要求する場合があります。

したがって、企業は株主達の利害構造をよく考え、さらに配当政策を決めるときに同時に株主に対して打ち出すメッセージを明確にしておく必要があります。

たとえば、配当金がゼロだとした場合、いかに優れた投資機会があるのか?配当金を増やす場合に、どのような狙いがあるのか?を明確にするということです。

ウォーレン・バフェットは後者のような企業がお気に入りであり、企業は内部留保を再投資すべきだと著書で語っています。たしかに、投資家に配当金として渡しても企業への金銭的見返りはまずありませんが、優れた投資機会への資金投下は企業に対して大きな金銭的見返りがあります。企業に大きな金銭的見返りがあるということは、株主価値向上とイコールとなるのです。

配当政策の影響を定量的に考える

増配前の状態

ある会社が増配をするケースを考えます。増配前の貸借対照表は次のとおりです。ここでは、配当金の変動が株価に与える影響を見るため、極めて単純なモデルを考えます。貸借対照表の各項目は全て時価であると仮定します。

■増配前の貸借対照表 (万円) 【発行株式数 3万株】

現金   300 借入     0
資産   1500 株式   1800
総資産  1800 総資本  1800

この会社の企業価値は、現金とキャッシュフローを生む資産の合計1800万円です。借入金は0なので、この会社の株主価値は、企業価値と同じく1800万円になり、これを発行株式数で割ると株価が算出できます。

株価 = 1800万円 / 3万株 = 600円

増配後の状態

ここで、この会社が一株あたり50円の増配をしたとします。そうすると、この会社は現金を50円×3万株=150万円の現金を使って増配することになります。そうすると貸借対照表は次のようになります。

■増配後の貸借対照表 (万円) 【発行株式数 3万株】

現金   150 借入     0
資産   1500 株式   1650
総資産  1650 総資本  1650

この表から、現金を使って増配した分だけ企業価値(=株主価値)が下がることがわかります。この時点での株価を計算すると次のようになります。

株価 = 1650万円 / 3万株 = 550円

さて、これを株主の観点から見るとどうなるでしょうか?

株主の観点 = 600円(増配前) - 550円(増配後) + 50円(増配分) = 0円

つまり、株主は、会社が企業価値を減らす、すなわち株価を下げて身を削った分で配当金をもらっていることになります。したがって、理論の上では配当金は株主の利益になりません。

実際の配当時

完全市場の仮定では、配当政策は、株主の富(=株価+配当金)には、何の影響も与えないという結論ですが、実際の市場ではどうでしょうか。

実際は、増配されるときというのは、企業の業績がよい場合が多いです。そのため、増配が株価上昇につながると考えられています。逆に減配のときは、企業業績が悪いことが多いために、株価下落につながります。しかし、理論上は増配(減配)しても、その直後は株主が享受する価値は変わらないということになります。

また、実際の配当金には税金がかかるので、上の理論は株主の観点からみるとマイナスになってしまいます。

自社株買いの株価影響

次に完全市場における自社株買いと株価について考えてみます。

自社株買い前の状態

(配当政策と株価のケースの初期状態と同じです)

ある会社が増配をするケースを考えます。増配前の貸借対照表は次のとおりです。ここでは、配当金の変動が株価に与える影響を見るため、極めて単純なモデルを考えます。貸借対照表の各項目は全て時価であると仮定します。

■自社株買い前の貸借対照表 (万円) 【発行株式数 3万株】

現金   300 借入     0
資産   1500 株式   1800
総資産  1800 総資本  1800

この会社の企業価値は、現金とキャッシュフローを生む資産の合計1800万円です。借入金は0なので、
この会社の株主価値は、企業価値と同じく1800万円になり、これを発行株式数で割ると株価が算出できます。

株価 = 1800万円 / 3万株 = 600円

自社株買い後の状態

ここで、この会社が現金150万円を使って、2500株を購入したとします。

■自社株買い後の貸借対照表 (万円) 【発行株式数 2.75万株】

現金   150 借入     0
資産   1500 株式   1650
総資産  1650 総資本  1650

この表から、現金を使って増配した分だけ企業価値(=株主価値)が下がることがわかります。この時点での株価を計算すると次のようになります。

株価 = 1650万円 / 2.75万株 = 600円

つまり、この会社は現金を使う、すなわち企業価値を減らす分だけ株価を買ったのですが、株式市場の分母自体が減るため、両者が相殺されて株価は変わらないという結果になります。

簡単に言うと、自社株をした会社と自社株買いに応じた株主の間で富の移転が起こっただけで、他の株主にとっては何の影響もないということなのです。

実際の自社株買い

完全市場の仮定では、自社株買いは株価に影響を与えないという結論ですが、実際の市場ではどうでしょうか。

自社株買いが起こると一般的に株価上昇の要因になります。それは、企業内部者が現在の企業価値は市場価格よりも高いと考えて自社株買いに走ったと市場が判断するからです。

企業内部者は、市場に比べて多くの情報をもっているので、企業内部者が考える企業価値と市場が考える企業価値が異なることは往々にして起こり得ます。つまり、「我々が知らない情報を企業内部者が持っていて、それを元に企業価値を算出すると市場価格よりも安い、だから今が自社株買いのチャンスだと考えたに違いない」というように市場が考えて、自社株買いを発表した会社の株式を購入するわけです。

まとめ

いかがでしたでしょうか。 配当政策も自社株買いも理論的には株主への影響がないことがわかりましたが、実際の場面では増配は株主にとってマイナス側の影響になりやすく、自社株買いは株主にとってプラス側に働きやすいことがわかりました。

こうした理論と実際をおさえておくことが、今後増配や自社株買いが市場で起きたときの市場の値動きの参考になるのではないでしょうか。

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