管理会計における伝統的な間接費の配賦は、ときに企業の意思決定を誤らせてしまい、それこそが企業成長の制約(ボトルネック)になってしまう。
そうした制約をなくすために考えられた会計手法に、スループットをベースにしたスループット会計があります。
スループット会計は、TOC理論を考えたエリヤフ・ゴールドラット氏によって提唱されたもので、TOC理論における企業活動のベースとなる考え方なので、TOCスループット会計とも呼ばれています。
この記事では、その「スループット会計」の意味合いや計算方法について解説していきます。
伝統的なコスト計算(間接費の配賦)の問題点
スループットについて書く前に、伝統的なコスト計算の問題点を書いていきます。
伝統的なコスト計算では、製品1個あたりのコストは次のように計算されます。
コスト = 直接原価 + 間接原価 + 販売管理費
1個あたりの売上から、上記のコストを引くことで、製品1個あたりの利益を測ることができます。
しかし、間接原価や販売管理費を製品1個あたりで厳密に計算するのは難しく、伝統的なコスト計算においては、妥当な範囲で1個あたりに配賦していました。
間接費用の配賦方法には、さまざまなものがあり、直接原価の比率で配賦したり、ABC(活動基準原価計算)のような手法を通じて配賦することも考えられてきました。
関連記事:間接費の配賦方法・パターン
間接費配賦の問題点1:間接費の割合
元々、配賦という原価計算手法が編み出された当時は、直接費に比べて間接費の割合が圧倒的に少なかったので、大きな問題ではありませんでした。
しかし、近年の企業活動では、生産活動に直接的に関与しないホワイトカラーと呼ばれる人たちの数が増えて間接費の割合が大きくなっていて、配賦の考え方1つで製品の原価計算に大きな差異が生じるようになったのです。
言い換えると、間接費の配賦方法1つで、意思決定が変わる可能性が大きくなっているのです。
間接費配賦の問題点2:作れば作るほどコストが下がる
従来型の原価計算だと、一定期間で製品をたくさん作って、配賦される間接費を薄めることで、利益を増やすことができます。
以下の計算式からもわかるように、生産量が増えれば、間接原価や販売管理費の配賦が小さくなるので、その分だけコストを下げる(=利益を増やす)ことができます。
コスト = 直接原価 + 間接原価 + 販売管理費
しかし、生産量を増やすと売れない製品が在庫として残ってしまうので、結果として企業のキャッシュフローを悪化させることになってしまいます。
計算上の原価は下がっても、これでは企業活動にとってはマイナスになってしまいます。
スループット会計とは・利点・意味合い
企業活動の根幹は、仕入れた材料を売上に変える活動です。
そのため、ゴールドラット氏は、それを忠実に表す会計指標が必要だと考えました。
スループットとは、売上高から原材料費や外注費などの変動費の中でも真の変動費と呼ばれる費用を引いたものです。
スループット = 売上高 - 原材料費・外注費(真の変動費)
利益 = スループット - 業務費用
このスループットを主体として考えたのが、TOCスループット会計です。
TOC理論を生み出したエリヤフ・ゴールドラット氏は、伝統的な原価計算方法は、企業がキャッシュ増大をさせるための大きな制約(ボトルネック)であると考えました。
関連記事:TOC制約理論とは【ボトルネック解決に集中した問題解決理論】
スループット会計における在庫の扱い(販売されたら利益になる)
伝統的なコスト計算や会計方針では、仕入れて在庫したものは貸借対照表の資産に計上され、物が売れたときに初めて原価として損益計算書に計上される仕組みになっています。
しかし、この考え方は先ほども書いたように、多く生産して在庫を溜める行為によって計算上の原価を下げる方向になり、在庫が売れてもいないのに利益を多く見せることもできてしまいます。
キャッシュフローを良化するという企業本来の目的から考えると、在庫は買ったときに原材料費として計上すべきものです。
そこで、スループット会計においては、在庫を作ったら、かかった原材料費、業務費用をすぐに計上するという原則を加えました。
この前提だと、従来の原価計算において、計算上の原価を下げるために、すぐには売れない在庫を積み上げる行為が、スループット会計だとスループットの減少として表れるようになります。
言い換えると、在庫は販売されない限り、利益にならないことになります。
こうすると、スループットを高めるためには、在庫を少なくするか、在庫を持った場合は、少しでも早くその在庫を販売して利益に変えるモチベーションにつながります。
スループットにおける間接業務の扱い(配賦しない)
スループット会計においては、間接業務の費用は配賦しません。
なぜなら、製品を作るために直接かかった費用は製品の原材料費として認識できますが、間接業務の費用を製品ごとの費用として認識させるのは難しい(厳密にはできない)からです。
スループット会計では、次のように分けています。
原材料費・外注費 = 何を作るために使った費用か
業務費用 = 何をするために使った費用か
ゴールドラット氏は、「何をするために使った費用か」が業務費用の意味なのに、それを無理やり「何を作るために使った費用か」に置き換えることが自体が意味のないことだと考えました。
スループットと限界利益
スループットとよく似ているのが、限界利益です。
限界利益 = 売上 - 変動費
利益 = 限界利益 - 固定費
この式から、スループットとは、限界利益とほぼ同義で、業務費用は、損益分岐計算の固定費と同等のものと見なして考えることができます。
しかし、限界利益にはTOC理論の重要な前提が欠けているとされています。
それは、
システムにつながりとばらつきがあると必ずどこかに制約(ボトルネック)ができ、スループットは制約によって律速されてしまう
ということです。
システムの制約を会計に取り入れることで、何をすると儲かって、何をしても儲からないかがシンプルにわかるのです。
関連記事:原価分解とは 変動費と固定費の仕分け 勘定科目法と最小二乗法
制約が意思決定にどのように影響するかは、後ほどの事例で解説していきます。
TOCスループット会計を活用した評価・意思決定
TOCスループット会計を活用すると、以下のような問いに対して評価・意思決定をする大きな手助けになります。
- どの製品を作って売ると儲かるか?
- 内製すべきか、外製すべきか?
- 投資をすべきか?投資をやめるべきか?
- 出荷の遅れに対する評価をどのようにすべきか?
製品の収益性の判断
スループット会計を製品の収益分析に使う方法を見ていきます。
仮にある会社の製品A、Bのスループットがそれぞれ、以下のようになっているとしましょう。
- 製品A:500円
- 製品B:300円
これを見ると、製品Aを作った方が儲かるように見えますが、本当にそうなのでしょうか。
制約がなければ、製品Bをやめて製品Aを作り続けた方が間違いなく儲かりますが、もし制約がある場合はどうでしょうか。
製品A、Bの制約が同じ箇所(たとえば同じ生産設備にある)にある場合、製品A、Bそれぞれの制約消費時間と、制約消費時間あたりのスループットを考える必要があります。
もし、製品A、Bの制約消費時間と、制約消費時間あたりのスループットが下表のようだとすると、製品Aを作るよりも、製品Bをたくさん作ることに今の制約を集中させる方が正しい判断になります。
商品A | 商品B | |
スループット | 500円 | 300円 |
制約消費時間 | 4分 | 2分 |
スループット/制約消費時間 | 125円/分 | 150円/分 |
このようにTOCスループット会計では、単にスループットの大小を考えるだけでなく、制約消費時間あたりのスループットが大事なのです。
内製・外製の判断
内製している製品のコストが高いと考えて、購入価格の安い外製に切り替えると、見かけ上はコストが下がったように見えるかもしれません。
しかし、実際はその製品に配賦されていた間接費用が他の製品に配賦される結果となり、会社全体としては、むしろコストが上がってしまうケースもあるのです。
したがって、内製・外製を検討する際には、会計上配賦される間接費用を除いてスループットの大きさで考える必要があります。
関連記事:Make or Buy 内製・外製の意思決定 その判断基準・ポイント
ただし、スループットが低くなっても外製した方がよいケースがあります。
それは、外製をすることによって、社内の制約を他の製品に対して活用することができ、全体としてスループットを改善できる場合です。
ここでも、制約の能力が鍵になってきます。
投資の判断
投資をする際の判断のポイントは以下のようになります。
- その投資が制約の能力を高める(=スループットが上がる)か
- そのスループットで投資が回収できるか
もし、制約の能力が上がらなければ、スループットが上がることもないので、その投資の意味はありません。
たとえば、制約になっていない古い生産設備を最新の生産設備にして、生産性が2倍になったとしても、生産工程全体の中で制約になっていなければ、全体の生産性は上がりません。
むしろ、新しい生産設備のところで仕掛品が滞留するので、生産性の悪化を招くかもしれません。
これは、考えてみれば当たり前のことですが、実際には非制約への投資なのに、業績がよくなるように見える計画が作られる場合は多いです。
また、仮に制約への投資であっても、増加したスループット分で投資を回収できなければ、やはり投資をする意味がないと判断できます。
納期遅れに対する評価
もし顧客から要望された納期に対して、出荷が遅れてしまうと、会社としては大きな機会損失になります。
納期遅れを減らすために用いられる指標として納期遵守率がありますが、納期遵守率の課題は金額の大小が考慮されていないことです。
ゴールドラット氏は、出荷遅れに対する機会損失に対してより正確な評価をするためにスループットを使えるとしています。
その計算式がこちらです。
スループットダラーデイズ
= 遅れたオーダーのスループット × 遅れた日数
このように考えることで、単に納期遵守できたかどうかだけでなく、金額の大小と遅れた日数まで評価できるようになります。
金額な大きなオーダーが遅れるほど損失は大きくなるはずですし、遅れた日数が長ければ長いほど損失が大きくなることを考えると、極めて合理的な指標と言えるでしょう。
なお、ゴールドラット氏は、在庫に関しても同様に金額規模だけでなく日数が重要だとして、以下のような指標を提言しています。
インベントリーダラーデイズ
= 在庫金額 × 在庫日数
まとめ
以上、TOCスループット会計の解説でした。
- スループットとは、スループット(売上ー原材料費・外注費)を基軸にした会計指標で、物を作るために使ったお金をスループットとして考え、それ以外の何かをするために使ったお金を業務費用として考える。
- 従来の原価計算では、生産量を増やして在庫を溜めるほどコストが下がったが、スループット会計だと在庫を増やすとスループットが減ってしまう。言い換えると、在庫は販売されて初めて利益になると考えている。
- 従来の原価計算は、企業が成長をしていく上での制約(ボトルネック)にすらなっていた。スループット会計を活用することで、企業活動の真の目的であるキャッシュの獲得に直結できる。
- スループットと制約を考えるとことで、どの製品が儲かるか、内製・外製の判断、投資の判断、納期遅れの評価などを正しく判断できるようになる。
なお、TOCスループット会計の本質は、以下の本に全て書かれていますので、もっと深く知りたい方は、ご一読ください。